詩を愛した男たちの友情と恋愛の地獄「荒地の恋」

「荒地の恋」ねじめ正一

新聞社校閲部に勤める北村太郎は同人「荒地」に所属する詩人だが、極端な寡作であった。一方、同じ荒地のメンバーである田村隆一は、詩神に愛されたかのような豪放磊落な男だった。二人は十代の頃からの親友だったが、北村が田村の妻・明子と恋に落ちてから三人の地獄が始まる。北村は職場と家族を捨てて明子とのあてどない暮らしを選び、田村は妻と友を取り戻すために己を壊すほどの酒を浴びた。この三角関係を中心に、戦後の現代詩をリードした荒地派の詩人たちの、痛ましくも濃厚な人生を描く。

よくある不倫小説だとも思える。さえない会社員が定年間際に、親友の妻と恋に落ちるのだから。だが彼らは詩人なのだ。不倫の恋を選んだら、ただ堕ちていくだけではない。平凡な幸せを捨てた途端、北村は言葉を手に入れて、それまでの沈黙を破ったかのように詩作に没頭し始める。生活を捨て芸術に選ばれる北村の姿に、羨望の気持ちが湧くのは私だけではないだろう。さらにこの小説を特徴的にしているのが、やはり荒地派という同人誌に集ったメンバーの特異な関係性にあるといえる。詩を志し、青春を共にし、数えきれない悪口を言い合った詩人たち。そんな彼らが互いの老いや病や死に直面して、どんな言葉を残すのか。ぜひ読んでほしい。

ここで唐突に北村の前に「阿子」という女性が現れる。荒地派の仲間とは何の脈絡もなく登場する、不思議な女性だった。まるで関係のないこの女性を、なぜ作者は登場させたのか……。最後の5行で描かれる彼女の真実は、きっと様々な解釈を呼ぶだろう。


読書日記ランキング

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください