「電脳日本語論」を読んで デジタルの海で舟を編む人たち

「電脳日本語論」篠原一(作品社)

皆さんが普段もっともよく使っている辞書は何だろうか。広辞苑?新明解?もしかしたらウィキペディア…?おそらくどれも違うだろう。多分ほとんどの人が最もよく使う辞書は、日本語入力ソフトに入っている変換辞書だ。「そんなもの使ってたっけ?」と思われる人も多いかもしれない。この辞書は紙の辞書と違って、一覧して使うようなものではない。大雑把にいえば、キーボードを叩いて文字を変換するときに、変換候補として表示させる言葉をデータベースにしたものが変換辞書だ。

我々が何かものを書くとき、書くために使った道具から全く影響を受けずにいることはおそらく出来ないだろう。変換辞書は私たちの言語表現に多大な影響を与えている割に、その中身について議論される機会は少ない。この本はそんな日本語入力ソフトの裏側を教えてくれる貴重な一冊だ。

本書は、日本語入力システム「ATOK」の開発を陰で支えた「ATOK監修委員会」メンバーと、その周囲の人々のインタビューを集めたものだ。ATOK監修委員会はATOK7がリリースされたあと、ATOK8開発の準備期間に設立された。第一回の会の議題は「語彙空間の確定と正書法をめぐる問題、そして差別語ないし不快語の扱いの問題」。技術的に可能なことが増えてきた結果、「ATOKはどんな言葉を載せるべきなのか」という問題に直面していたのだ。「正しい日本語」なんて一つしかないだろうと思われる方もいるかもしれないが、これが意外とコンセンサスの取れないものなのだ。もちろん言葉を選ぶ際、文部科学省が決めた「常用漢字表」、学習指導要領に基づく学年別学習漢字など、指標はいくつかある。だが、それだけを使って文章を書いているわけではないし、それを押し付けてよいものでもない。ATOKはユーザーにどんな日本語を提示するか、日本語に対してどんな姿勢をとっていけばよいのか。この問題を議論するため監修委員会が設立された。

監修委員会は評論家・紀田順一郎を座長に、コンピューターに強い国語学者、辞書の専門家らが集められた。インタビューの中には委員会メンバー以外にも、ATOKの開発に関わったエンジニア、ジャストシステムの創業者、辞書チームなどが登場する。彼らのインタビューを読むにつれ、日本語入力ソフトの開発には素人が想像する「ソフトウエア開発」という側面だけでなく、「辞書編纂」に近いものがあるのだと感じる。とくに監修委員会や辞書チームの行っていた気の遠くなるような語彙選定の作業は、まさしく「舟を編む」作業だろう。だがATOKは紙の辞書と違って、読むためのものではなく書くための道具。彼らの語彙の選び方によってユーザーの使い心地が左右されるだけでなく、言語表現そのものに影響を与える。変換辞書が紙の辞書とも異なる種類の重責を担っていることに気付かされるだろう。

辞書には「かがみ論」という論点がある。辞書とは言葉の現在を写す鏡であり、言葉のあるべき姿を示す鑑である――つまり、辞書は記述性と規範性、二つの側面を持っているということだ。辞書編纂者・見坊豪紀が唱えたこの考え方は辞書を語るときに必ず登場するもので、ATOKが直面した問題もまさしくこれなのだ。そういう意味で、本書はATOKという画期的なソフトの開発物語としても楽しめるが、一冊の辞書編纂の物語としても読めるだろう。

惜しむらくは、本書の発売が2003年であること。「月刊ASCII」での連載を単行本化したものなので、本当はもっと古い。詳しい人からすれば「こんな議論、もうとっくに乗り越えてるよ」とか「今時こんな方法で開発してるわけないだろう」といったご指摘があるかもしれない。いま私がATOKのホームページを見ても、「全然違うものになってるのかも……」と思ってしまう。だが我々が知らず知らずのうちに変換辞書を多用していることは変わらない。

現代の文章表現に多大な影響を与えるが、あまり顧みられることのない変換辞書。そんな電脳空間の辞書を編んだ人たちの姿をぜひ知ってほしい。

 


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